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 パラグライダーQ&Aも6回目の連載になりました。今回は、パラグライダーが頭上安定後に速度を得て離陸する、その技術についてお届けするつもりでした。結論から先に言えば、今回は別のテーマを取り上げるつもりです。ちょっとした寄り道だと思って、おつきあい頂ければ幸いです。別のテーマを取り上げることになったのは、ある方から質問を頂戴したからです。パラグライダーを習い始めて、飛べるようになるといろいろなことを不思議に思うこともあるかと思います。それが、直接にパラグライダーに関係なさそうでも、掘り下げていくと意外に重要なテーマになることもあります。パラグライダーの技術の細部にこだわる、これが本連載のテキスト記述に対する姿勢です。それでは、質問を紹介するとともに、本題に入りましょう。

パラグライダーのセルフレスキューについての疑問


 寄せられた質問は次のようなものでした。
「先日の連休は朝霧で飛んでました。ベテランフライヤーの数名の方が山岳用のハーネスをつけておられました。(パラグライダーのハーネスを装着することとは別に)確かに朝霧の杉の木はやたら高く、山も険しそうなので、セルフレスキューも必要なのかなと思いました。トレーニングも必要でしょうが、山岳ハーネスをつけるメリットってどんなものなのか必要性も含め、教えていただけないでしょうか? 」
 括弧は僕が付け足しましたが、不思議に思われたのも無理はないと思います。グランボレでは誰一人このような装備でフライトしている人はいません。セルフレスキューの必要性、その技術がどんなものか、またその装備は。いろいろなことを疑問に思われたのだと推測します。これらいろいろな疑問すべてにお答えできるように、今回の記事をお送りします。
 最初はパラグライダーのセルフレスキューの必要性についてを取り上げます。パラグライダーのフライトにおいては、山の斜面や山中に着陸せざるを得ない状況が間違いなくあります。また空中で飛行不能な状態に陥ったときには緊急用のレスキューパラシュートを使用しますが、この時もほぼ間違いなく山中に緊急着陸することになります。そこで、セルフレスキューの必要性については、これは絶対に必要な考え方であり、またその技術の習得は避けては通れないのです。ここでは、ハザードとリスクの違い、あるいはリスク評価については触れませんが(テーマがそれてしまいます)、パラグライダーでフライトする上で避けては通れないアクシデントに備え、その被害を最小限度にするための最も重要な考え方がセルフレスキューなのです。ところが、従来のパラグライダースクールでは、パラグライダーの飛行技術の講習は熱心に行うものの、このようなセルフレスキューに対する講習はあまり熱心に行われてきませんでした。これは非常に残念なことですし、インストラクターは態度を変えなければいけません。そこで、数年前から、パラグライダーのセルフレスキューに対する技術の体系化とその指導方法の確立を目指して活動が行われてきました。まだまだ定着はしていませんが、徐々に根付かせて行きたいと考えています。

パラグライダーのセルフレスキューの現実的な評価


 パラグライダーのセルフレスキューについて最も重要なことは、事前に結果を想定しておくことです。そして、その想定される結果についての準備をすることです。これが最も重要です。自己脱出の訓練も重要ですが、起こりうる事態を詳細に想定しておくことが重要です。よく勘違いされるのはロープと下降器を使用して、これが出来ると、どのような状況でも自分はこの技術で脱出できると思い込んでしまうことです。にわか仕込みの懸垂下降の知識をすべてだと過信し、なんでもかんでも自己脱出に結びつけてしまうことはいたずらに事態を悪化させるだけです。その前に考え、また知らなければならないことがあります。飛行空域が正しいか。ハーネスのセッティング状態が良好かどうか(ハーネスのセッティングが悪いと、非常につらい姿勢で木にひっかかることがしばしばあります)。緊急時に連絡を確保できる手段が確実か。自分の状態や現在地など緊急時に正確な情報を伝達できるのか。事態を悪化させずに、現状を回復出来る装備があるのか。その使い方を習得しているのか。セルフレスキューというと、素早く現状から脱出するということが、想起されやすいですが、このように順を追って考えてみると、日頃の装備やフライトに関する基本的な準備が重要なことが分かります。自己脱出できたところで山の中をさまよい歩くことしか出来なければ、事態の改善になんら寄与しません。かえって救助チームを混乱させてしまい、救助チームに著しく負荷を掛けてしまいます。
 当たり前すぎて見過ごしてしまいそうなところに、事態を悪化させてしまう要因が必ずあります。救助チームと連絡を取り合っていたら、トランシーバーの電池が切れた!そんなケースは珍しくありません。どうか日頃の準備の大切さ、日常の繰り返しの中にセルフレスキューの考え方の基本があることを忘れないでほしいものです。このことを象徴するのは次のようなケースです。あるフライヤーが山の中に不時着することになりました。その人からは携帯電話で、その状態を伝えてきています。怪我が無いことや木の高さ、救助の要請などが伝えられてきています。しかしながら、救助チームは現在地を特定できません。救助チームは言います。「GPSはないの?」「GPSはあります!」「じゃあ簡単じゃない、すぐに救助に行くよ!現在地の座標を教えて!!」「・・・・座標の見方がわかりません」「・・・・」
 これは、笑い話では無くて、実際に何度も僕たち救助側の人間が経験していることです。これで笑ってしまう人も、次のような質問が来たらどうでしょうか?答えられるでしょうか?
 「座標の形式は?」
 この事例で伝えたいことはGPSについてよく知っておくことではなくて、当たり前のようなところに、事態を改善する方向に向かわせるのか、より困難な方向に向かわせるのか、その分岐点が存在すると言うことです。日頃の準備がいかに重要かどうかを示す教訓だと思って下さい。パラグライダーの装備においては必需品といっていいでしょう、便利な装備であるGPSもただ持っているだけでは役に立ちません。そして、電池が切れたらおしまいです。

パラグライダーのセルフレスキューの技術


 そのように考えると自己脱出という技術はセルフレスキューという大きな考え方の一つの選択肢であることがおわかりいただけると思います。絶対にしなければならないことではなく、自己脱出の技術を身につけてトレーニングすることで、セルフレスキューの選択肢がひろがり、様々な可能性を考えられると言うことになります。セルフレスキューの実際とは、自分の状態を正しく把握し、また可能な限りその情報を正確に、豊富に伝えられること。そのなかで、現状をよりよい方向に変化させていくことです。そのためには、最低限度行うべきことがあります。パラグライダーの緊急着陸は木の上であることが良くあります。身体に直接の損傷がなくても、ある程度の高さがあれば落ちないための工夫が必要になります。それが自己確保と呼ばれる技術です。繰り返しますが落ちないための技術です。スリングを丈夫な木にタイオフし、その末端をロック付きのD型カラビナを用いて自分のハーネスのカラビナに固定します。これだけです。ですが、これが出来ない人が多くいます。なぜでしょうか?
 道具はあるのに出来ない人の大半はハーネスのセッティングがおかしいのです。肩ベルトが非常に緩かったり、寝そべっている(これらは通常のフライトにも悪影響を及ぼしますが)とハーネスから体が落ちそうになり、それどころではない状態になり必死になにかにしがみつくことになります。またパラグライダーのライン、パラグライダーのアクセルラインが自分の体と干渉すると、最悪は逆さづりになってしまいます。自己確保どころではない!そんな状態です。経験がない人は想像してもらうしかありませんが、逆さまになったハーネス、緩い肩ベルト、これが揃えば人間は簡単にハーネスから落っこちます。ここでも自己確保に必要なスリング、カラビナの前に当たり前のパラグライダーハーネスのセッティングが正しいかどうか?このことが重要であることに気づかれると思います。
 見落としがちなことを見落とさないように、これがセルフレスキューの基本です。

パラグライダーのセルフレスキューにおける自己脱出


 セルフレスキューの考え方に大分字数を費やしていまいましたが、本質問には続きがありますので、それについても、触れたいと思います。
 パラグライダーが緊急着陸、特に木の上に着陸した事例はよくあることから、専門的な用語でツリーランと呼ばれています。この木から、自分が脱出して現状を改善する方法のことを自己脱出と呼んでいます。自己脱出を行うにはいくつかの基本装備が必要です。状況に対応したスリングが数本。それに応じたカラビナ。必要な長さと強度を持つロープ。下降器(ディセンダー)です。これらの装備は無制限に脱出し、下降出来ることを保証するものではありません。ロープの長さが足りなければ下降出来ませんし、木が太く、スリングが足りなくなるケースもあります。状況を正確に捉えて自己脱出が可能かどうかを判断できるようにならなければなりません。基本的な脱出方法は次のようになります。この方法はパラグライダーのハーネスとそれにセットされているカラビナを使用します。
 ヽ亮造兵己確保をセットする。
 ▲好螢鵐阿蚤場をつくる。懸垂下降に必要な装備をセットするために足場をつくる。
 自己確保より高い位置に下降支点をつくる。
 げ執濟拇世縫蹇璽廚鬟札奪箸垢襦
 ゥ札奪箸靴織蹇璽廚縫妊センダーをセットする。
 再び足場を利用して登り、ディセンダーにテンションを確保して体重を移す。
 Г海両態でパラグライダーのライザーを外す。
 ┘薀ぅ供爾魍阿擦燭薛,妊札奪箸靴深己確保を外す。
 ディセンダーを使用して下降する。
 すべての作業で間違いが一つでもあると重大なエラーになります。カラビナのロックがされているのかどうか。ディセンダーが適切にセットされているのかどうか。一つでも間違いがあってはいけません。これらの行程を実際にトレーニングしてみると、作業のいくつかは知識だけはなく、基本的な体力(筋力)を必要とすることに気がつきます。たとえば足場に立つ。これも片足で自分の体重を持ち上げてしかも不安定な足場にたてなければ次の作業を行えません。パラグライダーのツリーランという足場が非常に不安定な状態では思うように体を動かすことが出来なくなります。また再び足場に立って、パラグライダーを外す作業もなかなか難易度が高いのです。一つにはその不安定な足場に立って作業する体力がつづかないこと。もう一つは足場に立てたとしても、うまくライザーのテンションが抜けずにパラグライダーをハーネスから外すことが出来ないことです。パラグライダーが木にひっかかり、さらに自分の体重がかかっています。足場に立って体重を緩めても、その上方向に移動した分、引っかかった枝が戻ってしまえば結局パラグライダーのテンションが緩まることはありません。
 そこで、はじめから懸垂下降のためのクライミングハーネスを着用するとします。もちろん、パラグライダーハーネスの下に直接着用します。すると、先のいくつかの作業が簡略化されるのです。まず、パラグライダーのハーネスをライザーから外す作業がいらなくなります。足場にたって作業するのは非常に難しいので、このメリットは大きいのです。
 ー己確保をセットする。(クライミングハーネスに直接で良い)
 ⊆己確保より高い支点を作り、ロープをセットする。
 ディセンダーとロープ、クライミングハーネスをセットする。
 ぅ蹇璽廚肇妊センダーに体重を移す。
 ゥ蓮璽優垢離丱奪ルを外す。
 Ε蓮璽優垢ら出る。
 Ъ己確保を外す
 ┣執澆垢襦
 このような順番になり、パラグライダーのハーネスをグライダーから外す作業を簡略化でき、その分そのほかの作業もシンプルになります。パラグライダーを外す作業がありませんから、パラグライダーハーネスで下降する方法に比べて、下降支点もそれほど高い位置に作らなくても良いことになります。また、懸垂下降用に作られていないパラグライダーのハーネスでは、そうしても懸垂下降のバランスを保持しにくいのですが(どうしても片側がつられて、反転してしまいディセンダーのコントロールがしにくい状態になる)、クライミングハーネスはもともとハーネスの中央にビレイループがあり、安定した下降姿勢をとれることもあります。ただし、物事にはメリットだけということはありません。かならずデメリットがあります。双方の方法を比較してみます。
 まずパラグライダーのハーネスで下降する方法は、パラグライダーが外すのが困難だという問題があります。だからクライミングハーネスを使うのだ。本当にそうでしょうか?仮に外せないとしても、致命的な問題になりにくいともいえます。パラグライダーのハーネスをライザーから外せなくても下降出来ないだけで、滑落することはないからです。つまりクライミングハーネスを使用して下降を試みるには、脱出する確実性と必要性がこれに勝る必要があります。もちろん、パラグライダーのハーネスで下降を行う場合もディセンダーのセット方法が間違えていれば簡単に滑落してしまいますが。クライミングハーネスの場合はパラグライダーを外す作業を省くために、すぐに下降に移れます。それだけに懸垂下降のセットを確実に行う必要が(ミスが許容されにくい)あります。
 次に、下降にさいして両方の方法とも失敗したと仮定しましょう。パラグライダーのハーネスのほとんどは衝撃を吸収する素材が使用されています。これは非常に大きなメリットです。懸垂下降に移って後は一つのミスも許されませんが、仮に滑落したとしてもこの衝撃吸収剤が致命的な状態になるのを防げる可能性があります(もちろん、すべての衝撃を防げるわけではありません)。反面、クライミングハーネスにはこれらの衝撃を吸収するような装備はありません。したがって懸垂下降のミスは重大な事故に必ず直結します。自己脱出を行うのは、どのような方法で行ったしても脱出をしない方法に比べてリスクが増します。だからこそ、方法の優越の問題ではなく、どのような方法を用いるかの判断力と日常の準備。そして定期的なトレーニングによりどの方法でも確実に実践できることが重要だと考えます。

パラグライダーにおけるセルフレスキューの考え方のまとめ


 パラグライダーは、人間が経験できる範囲を広げ、見たことのない景色や、感じたことのない空気といった未知の世界を知る喜びをもたらしてくれる素晴らしいスポーツです。その一方で行動の範囲が拡がれば、知らなければならない知識が増えることや注意を要する事象と遭遇しこれに対応しなければならないことは間違いないことなのです。そこで、今回は質問で寄せていただいたことをいいチャンスだと捉えて、寄り道をさせていただきました。我々は技術を磨いて上達することに気をとられてしまいます。それはそれで、素晴らしいと思います、意欲を持って向上しようとするのは素晴らしいことです。そうだからこそ、それに伴ってセルフレスキューの考え方と技術の習得を目指すことも必要だと思うのです。次回は予告通りにパラグライダーのライズアップ、頭上安定から離陸直後までを取り上げたいと思います。今回ご一読ありがとうございました。