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 9回目の連載です。すこしだけ前回からの流れを振り返りながら今回のテーマについても触れてみることにします。前回はパラグライダーの直線飛行を取り上げまして、その飛行は非日常的な移動特性を持っているというテーマで記述をしました。その要点は、時間経過と風の影響によって常に変化を続けるために、自分自身の位置予測という特殊な能力を必要とするということに尽きます。パラグライダーは空間を移動するスポーツですから、この位置予測が非常に重要なのです。そして位置予測があまりにも非日常的であることについても触れました。そこで今回は位置を予測すること、そのためのパラグライダーの効果的なトレーニング方法について記述していきます。

パラグライダーのショートフライト1000本?


 パラグライダーのショートフライト(丘からのフライト)は非常に重要な練習です。いきなり結論から入りましたが、最近のパラグライダーはライズアップの特性が良く、つまり非常に簡単になってきていることと、操作性は容易になっているのに飛行性能は上がっています。つまりパラグライダーは人に優しい道具に進化しています。昔に比べて地上練習でパラグライダーの取り扱いに四苦八苦するような時間は少なくなりました。付け加えるとすれば、以前のパラグライダーはそれほど良く飛ばなかったために風速の影響を受けやすく、特にスクールのカテゴリーでは地上で十分に練習する時間があったのかもしれません。以上のようにパラグライダーの進歩をその主な理由として直線飛行を習得するための地上での練習時間を短縮してしまっているのかもしれません。私たちがパラグライダーを始めた頃に先輩によく言われた言葉があります。
 パラグライダーのライズアップは1000回。パラグライダーのショートフライトは1000本。この言葉は1000回でライズアップやショートフライトが出来るようになるということではありません。1000回ぐらいを目安として一つの技術的な進歩がある。そういう教えでした。まあ、絶対的な経験値に勝るものはないということなのでしょうが、詳細に構築された理論よりも一回のフライトの実経験のほうが勝ることもあります。しかし、このように考える人ならかならず練習には課題や目標が設定されているものです。そのような簡潔で明確な目標なしに1000回のライズアップを試みても、効果はさほどあがらないのではないでしょう。練習には目標が必要です。そのことが不明瞭なまま漫然と飛行を続けているのは技術的にはなかなか上達に結びつかないと思います。
 パラグライダーのショートフライトの練習は次のことを習得することにおいて高高度飛行よりも優れています。
1.空間の変化を予測するトレーニング。比較対象となる風景が近いために空間を想像しやすい。
2.正確な直線飛行のトレーニングに適している。これも目標地点をイメージすることが容易です。
3.偏流修正飛行の効率を高める。風の影響による飛行経路の修正に手間取ると、目標地点まで到達しないことがよく分かる。
4.繰り返し行うことで感覚と操作のずれを一致させることが出来る。
 一方で、高高度飛行でなければ身につけることが出来ないこともあります。
1.時間の経過とともに変化する割合が大きく一様ではないことを体感出来る。
2.より広大な空間を直接体感することが出来る。
3.地上よりも風の影響を直接に、長い時間にわたって受け続けることを経験できる。
4.見える風景などから総合的に自分の位置を把握するためのトレーニングができる。
双方ともに必要なトレーニングで、お互いを補完し合っていることがおわかりいただけるでしょうか。
やはり、技術は様々な側面を持ちますから、一通りのことだけが出来てもあまり通用しないことが多く、いろいろなトレーニングを通して経験を積むことが必要なのだと思います。ただし、パラグライダーを志す人たちは飛ぶこと(高高度飛行)は熱心です。当たり前です。飛ぶために始めたのだから。僕もそれで良いと思います。ただ、ちょっと技術的な壁かな?あるいは、もやもやとして漠然とした悩みのようもの、そんな悩みを抱えている時はショートフライトで気持ちよく汗をかいてみることが意外に解決する早道なのかもしれないですよ。

パラグライダーのショートフライトで偏流修正飛行を実践


 講習会場でターゲットを目標に斜面中段からのショートフライトを練習します。このとき、確実にターゲットを意識します。風向に関わらず飛行の方向のみ強く意識しましょう。これは、偏流つまり風によってパラグライダーが流される方向に対して、修正角という舵取りを行って直線飛行を行うトレーニングです。これは最近の性能の良いパラグライダーだと簡単にターゲットを超えてしまいますので、飛行角度を確かめるときにも有効なトレーニングです。これだけだとおもしろみに欠けますし、わざわざこの連載で取り上げることもありません。ここで記述したいのは次のことです。
パラグライダーのショートフライトでわざと風に流されてみる。高高度飛行でこんな基本セオリーに反することを白昼堂々と行うと、インストラクターから直ちに飛行経路を修正するような指示が飛ぶのでしょう。それはもちろん、ローター(乱気流)の存在や高度管理などいくつものリスク要因を避けるために仕方がありません。しかし、ここはショートフライト。そんな風による影響の違いを感じてみるには良い機会です。とくに東向きに風が吹いているときは飛行方向をターゲットより南に向けることで速度があがり、風に乗りやすく、飛行距離が伸びることを実感できるはずです。つまり、流されていることを感じ取れるはずです。もちろん最後はきちんと着陸動作を行う必要があります。風に向かう、風を斜めから受ける。このような風の影響の違いもショートフライトならばすぐに実感できると思います。このようなトレーニングも目標が近いからこそ確認が容易で何度も挑戦できるのです。
 技術に自信がある人ならば、次のようにこのトレーニングを行ってみるとさらに効果的です。まずはライズアップします。出来れば、リバースライズアップが出来るぐらいの風速が好ましい条件です。そのまま待ちます。もっとも偏流修正を必要としない条件を!これは、どちらかというと風を待っているのではなく、自分の操作を必要としなくなるような風の向きを待っている感覚です。だから吹き流しではなく、頭上にあるパラグライダーが傾かない、流されない(それに対応する操作が必要ない)条件を完全に待ってテイクオフします。ここまで出来る人ならば時に長くショートフライト。時には風向と風速に速度を一致させて短い距離でショートフライト。距離もコントロールしてみましょう。時にはこんな練習があなた自身に眠っている鋭敏な感覚を呼び起こすかもしれませんよ。

パラグライダーのショートフライトで高度変化を予測する方法は?


 次のトレーニング方法は少し道具を使いますが、そんな大それた道具ではありません。最初に書いておくと、この方法は最近のLTFクラス1−2以上、あるいはそれに相当するようなグライダー以上だと非常に難しいです。ですがファストグライダー、あるいはその次ぐらいのグライダーだと効果も上がりますし、トレーニングが意図していることを感じやすいと思います。方法は簡単で、最初に一本飛びます。着陸した地点にカラーコーンを置きます。次はそれを目標に飛行します。最初のカラーコーンを超えなければ、そのまま。超えたときはもう一つ目のカラーコーンを置きます。この場合は二つ目標が出来ますが常に遠いところへ目標を置いて下さい。超えたときはコーンを新たに設置していくだけです。3つぐらいあると効果的ですが、遠くに飛ぶことがこのトレーニングの狙いではありません。よく言われるパラグライダーの飛行角度とその目線の変化を学ぶことがトレーニングの狙いです。コーンが遠ざかれば目線(パラグライダーの水平方向への視程)が変化します。このことがわかれば良いのです。ただの地面だと意識しづらいのですが、目標をおいてテイクオフを行うことで自然とパラグライダーの滑空方向に目線が向くようになります。また、その都度変化する目線にも気づくことになります。数人で行うときもこの方法は有効です。この場合は最初に飛んだ人を仮の目標値として設定し、遠くに飛ぶたびに更新していけば良いのです。目線、目線と頭でっかちにならずに自然に目線が遠くへ向くようになるはずです。さらにこのトレーニングの経験を積むと、結果として目標のカラーコーンを超えた超えなかったではなく、飛び出した瞬間に超えない超える、という自分の数秒先の未来位置を予測できるようになります。この数秒先というところが非常に重要なポイントです。みなさんも経験豊かなエキスパートたちが山そばギリギリで旋回を行い(その人たちにとってはあまりギリギリではありません)上昇気流に乗っていくのを目撃したことがあるはずです。このような人はパラグライダーの操作ももちろん巧みですが、やはり正確な自分の次の位置を予測することに長けているのです。位置の予測が正確であって初めて、いわゆる攻めのセンタリングが可能になるのです。地味で地道な練習が極意への近道であることは良くあります。センタリング(上昇気流を捕まえるための旋回)が苦手な人は、一度だまされたと思ってショートフライトのトレーニングで汗をかきましょう。上がらないストレス発散にも向いています。効果的なトレーニングなのですが、先に挙げたように条件があります。最近の良く飛ぶグライダーで行うと、飛ぶたびに高度の調整をしないと講習会場に収まりませんので効果が低くなります。

パラグライダーのショートフライトで操作を自動化しよう


 高高度飛行と異なり、繰り返し練習できることがパラグライダーのショートフライトの利点の一つです。パラグライダーの技術向上のためには位置予測が必要だということを繰り返しています。このことを別の視点から考察すると、操作のための時間的なズレはいつまでもズレ続けてしまうことになります。するとズレがズレを呼ぶ悪循環が起こりそうなことがおわかりだと思います。。パラグライダーは時間経過とともに位置が変化します。経験豊富なエキスパートはこの変化を予測して操作を行います。つまり、予測とそれに伴う操作にズレが生じないと言うことになります。もちろん、操作の根幹である予測はあくまでも予測であってその修正と調整が必要です。ここでいうズレは、判断や予測にともなう操作に時間がかかる人はそのかかった時間に比例して自分の操作がズレ続けて行くことを意味しています。わかりにくいので実際のフライト例で示してみます。パラグライダーのソアリング(上昇気流を利用したフライト)で良く指摘されることが旋回中に風下に流されるということだと思います。いうまでもなく、流される割合が大きい人の方が上昇気流を見失いやすく結果として高度を獲得できないことになります。これは、旋回の操作が悪いと言うことではないのです。むしろ予測が遅れていること、そして予測の遅れに反応がさらに遅れていること、反応が遅れていくために予測と自分の行った行動にズレが生じること。この悪い循環に陥っているといえます。あまりにこのズレが大きくなると、新たな全く別の予測に基づいて別のフライト計画を立てざるを得なくなります。パラグライダーが時間経過という一つのタイムラインにあるとすれば、これをもとに戻すことは難しいのです。なるべく速い予測と判断が必要です。そしてそれらに基づく操作は反射的なものでなければなりません。ソアリングに限らずランディングアプローチでの致命的な失敗もここに理由があります。着陸場にぎりぎりで到達する、あるいは指定地点を大きく超えてしまうような正確さが不足しているランディングアプローチになってしまう人はやはりパラグライダーの操作に問題があるのではありません。現在の自分から数秒先の自分を予測し、判断し、操作を行うという一連の流れが時間的にズレていることが原因なのではないでしょうか。このズレは上手な人ほど小さな誤差(おそらくゼロになることはなくても)にとどめることが出来ます。高高度飛行は高度に余裕があるために、考えて行うことができます。風に流されても高度が下がっているという結果があるだけです。ショートフライトはすべてが短い時間サイクルで行われます。考えて修正していては目標通りに飛行できないことがほとんどで、しかもそのフライトに及ぶリスクは小さく得られる練習の効果は高いのです。先の項目で触れたような練習を通して、それが練習と意識しないような経験を得られてる頃には、考えて操作するのでなくて身体的反射で操作出来るようになっているはずです。これこそがショートフライトを行う理由なのです。

パラグライダーの高高度飛行における実践


 ここまでは、ショートフライトにおける実践方法とその目的を中心に記述してきました。高高度飛行はいくつかのミスはそれが致命的なミスでないかぎり、許容されます。飛行ルートが多少ずれてもランディングに支障を来すわけではありません。自分の旋回の方向がずれていても上昇気流からは外れてしまうでしょうが、そのことが即座にパラグライダーのフライトを危険に陥れるわけでもありません。しかし、目的が明確なフライト状況ではその限りではありません。実例で取り上げているようなソアリング、またはランディングアプローチの最終局面などでは、ミスを犯せば犯したミスの程度によって必ずその結果となって現れてきます。
 パラグライダーにおける高高度飛行では、その目的が曖昧模糊になりがちですので、まずはここから変化させていきましょう。まっすぐ飛ぶなら飛ぶ。あげるつもりならあげる。なんとなくサーマルありそう、なんておいしい話はそうそう転がっているものでありません。そしてフライト中の思考方法を次のように切り替えます。
 現在のパラグライダーではなく数秒先のパラグライダーの飛行経路を考える。
このことをくせにすることで随分と変わるはずです。サーマルソアリングを考えてみましょう。同じようにセンタリングを始めた人でもその動機は様々なはずです。ある人はバリオメーターがなったからとりあえず始めたのかもしれません。ある人はその前から上昇を感じていて、バリオメーターがなるであろうことを予測していたかもしれません。あるひとは偏流角を計算に入れバリオメーターがなっているにもかかわらず直線を維持していたかもしれません。ある人は旋回を始める時点で終了方向を考え次にパラグライダーがどこへ向かえば良いのかが想像できているのかもしれません。その場面に遭遇した人のそれぞれの予測力によって行動に差が生まれるでしょうし、結果も違ったものになっていくことでしょう。ショートフライトは技術の基礎を習得し、ある程度の定型をつくるのには適していますが、実際には先のように予測の根拠なるべき材料は多岐にわたります。つまりその身につけた技術の応用実践を行わないと正確な予測と判断力の育成にはつながらないものなのです。また起こした行動による結果に対処し続けるという意味においても高高度飛行での実践を伴わなければ、技術のための技術練習に終わってしまいます。やはり、練習は実践を伴ってこそ意味があります。メリハリをつけ、練習と実践を分けて高高度飛行に挑戦しましょう。
 前回から今回にかけて直線飛行から位置の予測ということをテーマにしています。特に今回は位置の予測を数秒先の未来というキーフレーズに置き換え、その予測に対する操作の時間差をなくしていくためのショートフライトトレーニングの方法などを紹介しました。また、この記事のそもそもの目的は「うまくいかない」そんな漠然としたことに対してヒントやきっかけになれるつもりで記述をしています。自分の位置の予測、数秒先の自分、自動的で反射的な操作、などいくつか重要なキーワードもやっと記述する段階に入ってきました。これからピッチコントロールや旋回、ランディングアプローチなどいろいろなテーマを取り上げていきますが、先に挙げた言葉は自分のパラグライダーにとって非常に重要な言葉です。特にフライトについて記述するときは避けて通れないと感じています。ライズアップから直線飛行まで来まして、ようやく自分の伝えたいことの一つを伝えられたように感じています。次回はフライトから離れまして「ブレークコード」を取り上げようと思っています。それは今後旋回やランディングアプローチなどについて話を進めるときにブレークコードの操作感覚などに触れないわけにはいかないからです。それでは、今回もご一読ありがとうございました。